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F.P.ジュルヌのクロノメーター・フルティフは、長年“入手困難モデル”

2025.04.23

F.P.ジュルヌには毎回驚かされる。いや、そもそも毎回驚かされているということ自体が、信じ難いことである。フランソワ-ポール・ジュルヌ(François-Paul Journe)氏という人物を思い浮かべるとき、私はどうしても、フランスとスイスの古典的な時計製造を現代的に再構築するその哲学と重ねてしまう。金色のムーブメント、精緻なクロノメトリー、思慮深いデザイン。これらは1歩間違えれば、無難すぎるブランドに陥りかねない要素である(具体的な名前は挙げないが、そうした例は確かに存在する)。トゥールビヨンやクロノメーター・レゾナンスという出発点から、彼がそのまま硬派路線に徹していたとしても不思議ではなかった。だが実際には、常に進化を続けてきた。そして70歳を目前にした今、フランソワ-ポール氏はかつてないほど“ブランドとしての個性”を楽しんでいるように見える。このクロノメーター・フルティフはその象徴的な存在であり、しかも素材はタングステンカーバイドだ。

まず触れておきたいのは、このクロノメーター・フルティフが(F.P.ジュルヌではしばしばそうであるように)Only Watchオークションのために製作されたクロノメーター・フルティフ・ブルーの開発を起点として誕生したという点である。オメガスーパーコピー 激安この特別なモデルは絶大な人気を誇るクロノメーター・ブルーを踏まえた1本であり、タンタル製のケースとブレスレット、そしてブルーダイヤルを備えていた。あのモデルは、私がこれまで“ぶっつけ本番”で撮影したなかでも、最も難易度の高い時計のひとつだった。その記憶があっただけに、今回の新作(ミラーポリッシュ仕上げでアントラサイトのエナメルダイヤルを備えたモデル)を撮影するのがジュネーブでの最初の仕事のひとつだと聞いたときは、少々身構えてしまった。だが実物を目にした瞬間、思わず声が漏れた。それほどまでに圧倒的だったのだ。

幸いにもその場にいたのは友人で、不快な思いをさせずに済んだ。だがそれでも、率直な感嘆が抑えられなかった。次に頭にかんだのは、「この価格差(クロノメーター・ブルーのおよそ2倍)にもかかわらず、クロノメーター・フルティフは、F.P.ジュルヌにおける“次なる主役”としてクロノメーター・ブルーの座をすぐに奪ってしまうのではないか」という考えだった。事実、クロノメーター・ブルーはあまりに人気が集中したため、すでに注文受付を停止している。そうなると、次にリストを閉じられるのはこのクロノメーター・フルティフなのだろうか?

Only Watchのために開発されたクロノメーター・フルティフ・ブルー。

“オールブラック”の時計というと、PVDコーティングが施されたモデルをつい思い浮かべてしまう。たとえばポルシェデザインのクロノグラフ1から、百貨店のメイシーズで見かけるような超手ごろな価格帯のモデルまで、その印象は幅広い。近年ではセラミック素材を採用するブランドが増え、製造もより一般化したことで、かつては高価な存在だったセラミック製ウォッチも、どこか手が届きやすいものとして認識されつつある。ロイヤル オークのセラミックモデルが話題をさらっていた当時と比べても、その印象は大きく変わった。

ここでいう“手が届きやすい”とは、価格そのものというより“オールブラック=安っぽい”というイメージが定着しつつあるという意味である。つまり“センスのない人が飛びつく安直なデザイン(cheap trick)”として捉えられたり、あるいは単に“見た目が安っぽい”と感じられたりすることが増えてきたのだ(もちろん、リック・ニールセン率いるロックバンドのチープ・トリックとは関係ない話である)。だがクロノメーター・フルティフは、そうした“ブラックの先入観”を見事に打ち破っている。価格も仕様も最上級でありながら、これまでにない極めて洗練されたかたちで“オールブラック”を成立させているのだ。

まず明確にしておきたいのは、この時計はコーティングされたものでもセラミック製でもないという点である。クロノメーター・フルティフは、サンドブラスト加工が施された直径42mm×厚さ9.5mmのタングステンカーバイド製ケースとブレスレットを採用しており、F.P.ジュルヌのラインスポーツコレクションの美学に則っている。ケースは丸みを帯びたポートホール(船の舷窓)型で、9時位置にはバンパー(ケースバックやベゼルリング、リューズと同じくタンタル製)が備えられている。ケースからなだらかに続く一体型の3連ブレスレットも特徴的だ。タングステンカーバイドは炭素とタングステンを高温で結合させることで生成される素材で、非常に硬く、サファイアに近い強度を持つ。

42mm径というサイズから受ける印象よりも、実際の装着感は控えめに感じられる。それはおそらくこのケースとブレスレットのずっしりとした重量によって、サイズ感よりも質量がこの時計の存在を主張しているためだと思われる。タングステンカーバイドはステンレスの約2倍、金に近い密度を持っており、実際に腕につけた感覚はプラチナ製の時計とブレスレットを身につけたときの感覚に近い。

そしてムーブメントだが、どこをどう見ても安っぽさとは無縁の仕上がりだ。Cal.1522はF.P.ジュルヌ初のセンターセコンドムーブメントでありながら、それだけにとどまらない深みを持っている。F.P.ジュルヌの素晴らしい点のひとつに、“ムーブメントの情報が本気で知りたい人”には惜しみなくそのすべてを開示してくれるというものがある。

このムーブメントは手巻き式で、18Kローズゴールド製。パワーリザーブは約56時間(誤差は±2時間)で、完全に巻き上げるにはリューズを38回転させる必要がある。ムーブメントのサイズは直径33.5mm、厚さ5.9mm……、それだけでなく、巻き上げ機構の高さ(2.2mm)や巻真のネジ径(0.9mm)まで公開されている。多くのブランドは振動数(このモデルでは2万1600振動/時)を明かす程度にとどまるが、F.P.ジュルヌはリフトアングル(52度)や慣性モーメント(10.1mg・cm²)、さらには振り角(12時間後の文字盤上向きで320度、24時間後で280度)まで開示している。これらの数値は大多数の人にとって意味をなさないかもしれない。だがそれでもなお、時計に情熱を注ぐ者へのリスペクトの表れとして、これ以上ない姿勢である。

これまでF.P.ジュルヌがセンターセコンドを避けてきた理由は、フランソワ-ポール・ジュルヌ氏自身のクロノメトリック(精度)への強いこだわりによる。センターセコンド機構には追加の歯車が必要であり、それが効率の低下につながるためである。だがこのCal.1522はその技術的ハードルを克服しただけでなく、パワーリザーブ表示とムーンフェイズ表示をケースバック側に搭載している。仕上げについても見逃せない。F.P.ジュルヌは装飾に全振りするブランドではないにせよ、このムーブメントはその哲学のなかで美しくまとめられている。地板にはサーキュラー・グレイン仕上げとグラン・ドールジュ(大麦の粒を模したギヨシェ)装飾、受けには面取りが施され、サーキュラー・グレインとコート・ド・ジュネーブが組み合わされている。スティール製の部品には、用途に応じてミラーポリッシュ、ヘアライン、またはサテン仕上げが施されている。

この時計の完成度を支えている大きな要素のひとつがブレスレットである。しかしフルティフ・ブルーに見られたようなシャープな外コマのデザインは採用されていない。推測するに、素材の特性上、そのような鋭角な加工が難しかったのかもしれないが、現時点でその理由は確認できていない。両開き式のクラスプは機能的には問題ないが、やや扱いにくく少々無骨に感じられる部分もある。だが最後に触れたいのは、何よりも印象的なディテールだ。

Instagramでは多くの人から、クロノメーター・フルティフの視認性について質問を受けた。4層構造のアントラサイトカラーでっミラーポリッシュ仕上げのエナメル文字盤は、F.P.ジュルヌのなかでも次なるアイコンとなり得る存在である。ウブロ コピー光の加減によっては真っ黒に沈むことがあり、不意に自分の顔が映り込むこともしばしばだ。だが、それの何が悪いというのだろう。実際のところ、この時計は非常に視認性が高い。ポリッシュ仕上げのシルバー針が、どの角度からでも光を捉えてくれる。目盛りが見えなくても、針の位置だけで時間はわかる。少なくとも、私にはそうだ。

リストショットは思ったような仕上がりにならなかった。クロノメーター・フルティフに“してやられた”感じだ。とはいえ、ほかのメディアで見かけた写真と比べてもこの“フルティフ=隠された”という名にふさわしい文字盤は、実物のほうがずっと暗く沈んで見える。それはむしろ好ましいポイントであり、私はこの少し秘密めいた感じがとても気に入っている。そして全体として見たとき、このモデルは魅力的で日常的にも使いやすく、そして何よりクールだ。価格は8万5000スイスフラン(日本円で約1440万円)と決して安くはないが、それでも納得はできる。確かにクロノメーター・ブルーが絶大な人気を集めているのは、4万スイスフラン(日本円で約680万円)前後という価格帯で、製造難度の高い文字盤とタンタル製のケースを得られるという“バリューの高さ”による部分も大きい。だが、このクロノメーター・フルティフもそのすべての条件を満たしている。そして個人的には、このモデルがそれだけ魅力的であればこそ、価格を重視する層の関心がクロノメーター・ブルーだけに集中する状況を少しでも緩和してくれるのではないか。そんな期待を密かに抱いている。

異次元の高精度、U.F.A.の名前を冠したグランドセイコー SLGB003&SLGB001

2025.04.23

このふたつの力強い新作は単なる時計の枠を超え、ブランドの未来を語る存在でもある。

時計は世の多くのプロダクトと同様、個々の要素が積み重なって成り立っている。しかしときにふたつの要素が、時計そのものの存在感を凌駕しかねないほどの関心を集めることがある。グランドセイコーのSLGB001とSLGB003は、見事な仕上げ、細部へのこだわり、美しいダイヤルといった、ブランドに期待される要素をすべて備えた堅実な新作である。しかし自らを誇示することの少ないグランドセイコーがゼンマイ駆動式の腕時計の精度の世界記録を更新した可能性が高く、時計コミュニティが長らく求めていた(ブレスレットの)スーパーコピー時計 代引き微調整機構つき中留を実現したとなると、細部に気を取られて全体の意義を見落としてしまうのも無理はない。

まず本作は(私が知る限り、そしてグランドセイコーが確認する限り)主ゼンマイを動力源とする時計として、世界でもっとも高い精度を誇る時計である。そう、これは水晶振動子を搭載したスプリングドライブムーブメントだが、年差±20秒(そう、1年間の誤差である)という数値はグランドセイコーが数十年にわたり積み重ねてきた努力の結実と言ってよいだろう。

1969年、グランドセイコーは月差±1分の初代V.F.A.(Very Fine Adjusted)ムーブメントを発表した。そして56年後の現在、Cal.9RB2(Ultra Fine Accuracy、略してU.F.A.)においてその36倍の精度を実現している。またグランドセイコーの現行機種で高精度を誇るCal.9R86と比較しても、その9倍の精度を持つ。このムーブメントは72時間のパワーリザーブを備え、サイズは直径30mm×厚さ5.02mmと極めてコンパクトである。2025年のWatches & Wondersではいくつかの発表を見逃してしまっている可能性があるが、この1本だけで今年のハイライトと呼ぶに値する。しかし、グランドセイコーはそれで満足しなかった。

新型ムーブメント、Cal.9RB2。

2024年秋、グランドセイコーの製造現場を視察するために日本を訪れた私は、セイコーウオッチの内藤昭男社長にインタビューした。用意していた質問をすべて終えたころには、約束の時間が迫りつつあった。すると内藤氏がこう尋ねてきた。「さて、本当に知りたいことは何ですか?」。私は、「そうですね、せっかく話を振ってくださったのですから、ブレスレットについてお聞かせください」と答えた。

内藤氏はもちろん、グランドセイコーのブレスレットがブランドの課題となっている、という顧客の声を十分に理解していた。彼はLinkedInの投稿で、特に微調整機構つき中留の導入を含めて改良が進行中であることを認めており、その発言は時計愛好家のあいだでちょっとした話題となったのだ。この件について、内藤氏は次のように語った。「まだ完全に実現しているとは言えませんので、具体的な導入日程を策定中です。ただ、構想自体はあります」。今となっては、それはもはや構想ではない。現実のものとなり、しかも非常によくできている。

新たに導入された3段階の微調整機構つき中留は、新開発の高密度チタンブレスレットに6mmの可動域をもたらしている。またクラスプの内側、バンドを起こして端部のコマをつかんで押し込むことでロックが解除され、スムーズにスライドし、所定の溝でロックされる仕組みだ。下の画像の時計は私の手首サイズには合っていなかったが、調整によって問題なく装着できた。

特筆すべきは、このブレスレットがすべてのモデルに即座に採用されるわけではなく、“雪白”、“白樺”、“春分”といったコレクターに愛される既存モデルに遡って搭載される予定もないという点である。また、このブレスレットのテーパーは20mmから18mmと控えめで、もう少し絞り込まれていたほうがよかったと感じる人もいるかもしれないが、私はこの仕様で十分だと感じている。グランドセイコーには、ロレックスにグランドセイコーのダイヤルを乗せただけのような存在にはなってほしくない。彼らには彼らなりのケース設計のバランスがあり、それはきちんと機能しているのである。

一見するとほかのグランドセイコーと大差ないように見えるために、SLGB003(およびブレスレットを備えないプラチナケースのSLGB001)に搭載されたふたつの重要な進化点を見過ごしてしまう人もいるだろう。これが好ましいことなのか、それともダイヤルにもう少し個性をもたせてほしかったと感じるべきなのか、私自身まだ判断がつかない。同様の疑問は2024年に発表されたIWCのエターナルカレンダーに対しても抱いたが、最終的にはその控えめなデザインに次第に惹かれるようになった。151万8000円(税込)という価格は、競合モデルと比較しても非常に魅力的である。

ダイヤルは、グランドセイコーのスプリングドライブを製作する“信州 時の匠工房”の東に位置する霧ヶ峰高原の樹氷を表現したものだと言われているが、見た目としてはヘリンボーン柄のようにも見える。ホワイトダイヤルのほうが汎用性が高く、販売実績も良好だという研究結果もあるが、私はこのムーブメントとブレスレットを用いて今後どのような展開がなされるのかに強い関心を抱いている。私が今回のリリースに特に期待を寄せているのは、時計そのもの(もちろん非常に完成度は高い)というよりも、これを起点とした将来的な可能性にほかならない。

U.F.A.スプリングドライブ Cal.9RB2については、Watches & Wonders特集が落ち着いたのちに改めて詳しく紹介したい。ここでは、まずその概要をお伝えする。本ムーブメントは72時間のパワーリザーブを備え、スケルトンローター越しにパワーリザーブ表示が確認できる構造となっている。ムーブメントには3ヵ月間にわたってエイジングされた水晶振動子が使用されており、新たに設計されたIC回路には各個体の時計および水晶振動子に個別に対応した温度補正プログラムが組み込まれている。これらの水晶振動子とICは真空密閉されており、温度差の影響を最小限に抑えるとともに、湿度、静電気、光などの外的要因から保護されている。その結果、極めて高精度な温度制御と安定した動作を実現しているのだ。さらにスプリングドライブとしては初めて、アフターサービス時に精度の調整を行うための緩急スイッチが搭載された。

Grand Seiko UFA Movement
Grand Seiko UFA
緩急スイッチは、上方12時付近に用意されている。

Grand Seiko UFA
水晶振動子は1時位置のネジの近くにある。

Grand Seiko UFA
パワーリザーブ表示。

SLGB001とSLGB003は、あえて直径37mm×厚さ11.4mmというサイズで設計されている。これは一般の消費者にとって、必ずしも実用的とは言いがたいものかもしれない。確かに日本国内では受け入れられるだろうが、北米市場ではむしろ39mm径のほうが好まれた可能性もある。だが私の視点から見れば、本質はそこではない。ポイントは、“小型の時計はここまで作れる”という技術的な実証にある。技術的にはさらに小型化も可能だったはずだが、グランドセイコーはあえてこのサイズにとどめ、チタンとプラチナという素材を用いながら、なおかつ10気圧の防水性能を確保してみせた。

SLGB001は興味深い時計であり、ロレックス コピー550万円(税込)という価格設定にもかかわらず、全80本がすぐに完売すると見ていいだろう。アイスブルーのダイヤルはひときわ目を引く色合いであり、ケースサイズも多くの人の手首に無理なく収まるバランスに仕上がっている。

実のところU.F.A.の活用例として、本作がもっとも適しているかというとそうでもないと思う。今後の展開に大いに期待したいところだ。では、グランドセイコーのコレクションのなかで装着性の面で最も課題を抱えているモデルは何だろうか? 私に言わせれば、それはダイバーズウォッチである。SBGA463は直径44.2mm×厚さ14mmと、かなりボリュームのあるケースサイズだ。だが、もしグランドセイコーのダイバーズが直径39mm×厚さ11.5mmのケースに100m防水を備えていたら? あるいは、直径40mm×厚さ12.5mmで200m防水のモデルだったらどうだろう? そこに超高精度ムーブメントと微調整機構つきクラスプが加われば……かなり本気で、グランドセイコーのダイバーを初めて購入することになるかもしれない。

スティール製で、ダイヤルはブラック、ベゼルはダイバーズベゼルだとしたらどうだろう。とても似合いそうだ。

今回のWatches & Wondersにおける2本の鮮烈な新作は、プロダクトそのものではなく、その先に広がる未来の可能性を感じさせる……、そんな稀有な例となった。SLGB001とSLGB003は、多くの顧客にとってまさに理想の1本となるだろう。だがそれ以外の人々にとっても、この先に続く展開には、大いに期待していいだけの余地が残されている。

スピードマスターが、一般公開の場で販売される史上初の機会だ。

2025.04.23

かつて人類で初めて月面に足を踏み入れた男、ニール・アームストロング(Neil Armstrong)。その彼が所有し、日常的に着用していた特別仕様のオメガ スピードマスター(18Kゴールド製)が初めてオークションに出品される。落札予想価格は驚異の200万ドル(日本円で約3億円)超。この時計は2025年4月17日午後6時(米東部時間、日本では4月18日午前8時)に、マサチューセッツ州ケンブリッジのロイヤル ソネスタ ホテルで開催されるRRオークションのライブセールにて販売される予定だ。オメガはこの時計の正当性を公式に認めており、加えてアームストロングが本モデルを着用していた複数の写真資料も、その出自の確かさを裏付けている。

ニール・アームストロングが撮影したバズ・オルドリン。Photo courtesy RR Auctions.

このモデルはオメガが記念モデルとして制作した18Kゴールドのスピードマスター Ref. BA145.022で、全28本が当初製作された。オメガスーパーコピーNランク代金引換最初の2本は当時のリチャード・ニクソン(Richard Nixon)大統領およびスピロ・T・アグニュー(Spiro T. Agnew)副大統領に贈呈される予定だったが、倫理的配慮から受け取りは辞退された。残る26本は1969年11月25日、ヒューストンのウォーリックホテルで行われた晩餐会にて、NASAの宇宙飛行士たちに授与された。

アームストロングに贈られたのは、シリアルナンバー17。その裏蓋には、“to mark man's conquest of space with time, through time, on time(人類が時間とともに、時間をとおして、時間通りに宇宙を征服したことを記念して)”という刻印と、“Gemini 8 – Apollo 11”という彼のミッション名が刻まれている。その後、同モデルは一般向けにも販売され、シリアルナンバー33番から1000番までが製造された。これらの市販モデルには、“Apollo 11”と“the first watch worn on the moon(月面で最初に着用された時計)”という文言が刻まれた裏蓋が装着されている。

この時計については個人的にかなり詳しい。というのも2022年(私がHODINKEEに加わる前のことだが)ヴィンテージの懐中時計を見ていた際、現在の委託者と偶然知り合ったのだ。そのとき彼から、「この時計をどこに持ち込めばいいか」、「有力な買い手はいるだろうか」ということについて助言を求められた。

いくつか紹介をしたし、オファー自体もそれなりにはあったとは聞いているが、結局のところ取引は成立しなかったようだ。当時はこの種の時計(ひいてはヴィンテージのオメガ全体)の市場が大きく揺れていた時期でもあり、それが影響したのかもしれない。やがて私もその持ち主と疎遠になってしまったが、つい最近になって彼から再び連絡があり、「この時計を公に売却することにした」と知らされた。

ニール・アームストロングが所有していたスピードマスター――いや、彼の名前が入っているだけでなく、実際に彼が頻繁に着用していたというまさに歴史的な記念品を手にできるチャンスは、コレクターにとって極めて魅力的なものだ。実際、何人かの収集家ともその件について非公式に話を交わした。ただし現在のマーケットの状況、そしてこの時計が予想落札価格に対してどのような結果に落ち着くのかは、いまだ不透明である。

The controversial Speedmaster ref. 2915-1 that is the center of a court case after breaking a world record for Omega. Photo from Phillips.
悪名高きスピードマスター Ref.2915-1。2021年11月にオメガ史上最高額で落札されたのち、その来歴と販売の正当性をめぐるスキャンダルと訴訟問題の中心となった時計である。

2021年11月、スピードマスター Ref.2915-1は史上最高額で落札されたオメガとして当時注目を集めた。しかしその後、オメガ・ミュージアムおよびブランドヘリテージ部門の元責任者によって(あくまで現在も係争中の疑惑ではあるが)行われたとされる大規模な詐欺行為の象徴的な存在となっていく。これに関して、フィリップスとオメガは自らも被害者であると主張しており、関連する裁判は現在も継続中である。

この一件から1年も経たない2022年6月、まだ詐欺疑惑が表面化する前のこと。パンデミック後に行われた最初の注目すべきスピードマスターの取引として、26本限定で製作されたソリッドゴールド製スピードマスターの1本が2022年6月に個人コレクターによって落札された。このモデルはアポロ11号で司令船コロンビアを操縦し、月面に降り立ったニール・アームストロングとバズ・オルドリン(Buzz Aldrin)を軌道上から支えた宇宙飛行士、マイケル・コリンズ(Michael Collins)が実際に着用していたものだ。落札価格は76万5000ドル(当時のレートで約9180万円)に達し、このリファレンスとしては過去最高額を記録した。

ウォリー・シラー所有の特別なスピードマスター。Image: Courtesy of RR Auction

2022年11月、宇宙飛行士ウォルター・“ウォリー”・シラー(Walter "Wally" Schirra)に贈られたゴールド製スピードマスターが、ニューハンプシャー州で開催されたRRオークションにて190万6954ドル(バイヤーズプレミアム込み、当時のレートで約2億6700万円)で落札された。落札者がオメガ・ミュージアムなのか、それとも個人コレクターなのかは明らかにされていないが、マーキュリー8号、ジェミニ6号、アポロ7号の飛行士であり、宇宙で初めてオメガ スピードマスターを着用した人物として知られるシラーに関連する1本を手に入れたいという熱意の表れだったのだろう。

ガス・グリソム(Gus Grissom)のスピードマスターの裏蓋には、宇宙飛行士に贈られたゴールドスピードマスターに共通する刻印が見られる。グリソムは1967年、アポロ1号の打ち上げ前試験中にエド・ホワイト(Ed White)、ロジャー・チャフィー(Roger Chaffee)両宇宙飛行士と共に殉職。その後、1969年に彼の家族にこの特別なスピードマスターが贈られた。Image: Courtesy of RR Auction

しかしながらその後、マーケットは急速に冷え込むこととなる。その背景には複数の要因があった。ひとつは、ヴィンテージ オメガ市場を取り巻く法的トラブルと信頼性への疑念。もうひとつは市場への供給過多である。RRオークションはこの後すぐに、さらに3本の宇宙飛行士用スピードマスターを市場に出品したが、いずれも30万~37万5000ドル(当時のレートで約4050万〜5060万円)前後の落札額にとどまった。

同時期、エリック・ウィンド(Eric Wind)は宇宙飛行士スコット・カーペンター(Scott Carpenter)のスピードマスターを150万ドル(当時のレートで約2億円)という驚くべき価格で販売しようと試みたが、掲載から間もなく静かに取り下げられた。その後この時計はヘリテージ・オークションズにて15万ドル(当時のレートで約2000万円)で落札された。当初の提示額の10分の1にまで下がったことになる。また、フィリップスも別の宇宙飛行士用スピードマスターを出品し、こちらは18万ドル(当時のレートで約2450万円)弱での落札となった。

いずれにせよ、今回のアームストロングのスピードマスターは極めて注目すべき出品であり、動向を追う価値のあるオークションとなっている。アームストロングは、NASAから支給されたスピードマスターを月面着陸船内のデジタルタイマーのバックアップとして残していった。そのため、実際に月面でスピードマスターを着用したのはバズ・オルドリンだった。両者の時計はいずれもNASAに帰属しており、オルドリンのものはスミソニアンへの輸送中に紛失したとされているが、実際にアームストロングによってフライトで使用された個体は、現在ワシントンD.C.の国立航空宇宙博物館に展示されている。そういった事情から考えると、この出品は(私の知る限り)人類初の月面着陸者が所有していたスピードマスターを手にできる初にして唯一の機会となるかもしれない。

ほかの多くの特別なゴールド製スピードマスターと異なり、今回の個体はアームストロングの遺族から直接出品されたわけではない。しかしながら、この時計が本物であることに疑いの余地はない。オメガ・アーカイブからの「エクストラクト(製造証明書)」が付属するだけでなく、アームストロングの息子、マーク・アームストロング(Mark Armstrong)の承認を受けており、落札額の半分は彼が選定した慈善団体へ寄付されることになっている。

状態面で見ると“ほぼ未使用”とも言えるシラーの個体とは異なり、このアームストロングのスピードマスターは実際に使用された時間の蓄積を物語っている。赤いベゼルは褪色し、ケースには傷が見られ、裏蓋には誤った工具で開けようとした痕跡と思われる深い傷が残っている。贈呈時のボックスや付属品なども欠けているが、それでも私はこのコンディションに非常に引かれた。数年前、実際にアームストロング本人がつけていたこの時計を腕に載せたときのあの感覚(そして、彼が着用していた姿を収めた複数の写真)は、この時計をいっそう特別な存在に感じさせた。

「この時計は、父が特別な場でよく身につけていたものです。そしてそれは、人類史上でもっとも偉大な成果のひとつを象徴するものです」と、アームストロングの息子であるマーク・アームストロングはオークション主催者を通じて発表した。「売上の相当部分が父が生前に信頼していた慈善活動に寄付されることによって、彼や多くのアメリカ人が半世紀以上前に残した影響を、さらに未来へとつなげることができるのです」

私はヴィンテージ オメガに今なお多額を投じる複数のコレクターたちとも話をした。アラスカ プロジェクトのプロトタイプや、NASAに帰属していない宇宙飛行使用個体といった希少なスピードマスターはいまだに高額で取引されている。しかし今回の個体については、「数十万ドルかもしれないし、数百万ドルになるかもしれない」とその落札価格を予測する声は分かれていた。

あるコレクターはこう話してくれた。スーパーコピー時計 代引き「宇宙飛行士所有のゴールドモデルというだけなら20万ドル(日本円で約3000万円)程度の価値。でもあとは付加価値としての“空気”、感情的で象徴的な価値なんだ」。そして、ニール・アームストロングの時計の“感情的価値”は相当に大きいだろうとも述べた。彼はさらに、「この時計は大手時計オークションハウスよりも、RRオークションのような記念品専門の会場のほうがはるかに相性がいい。ここがふさわしい場だ」と語った。イーロン・マスク(Elon Musk)やジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)といった人物が参入する可能性すら否定できず、価格は文字どおり“月まで”跳ね上がるかもしれない。

すでにこの時計には大きな注目が集まりつつある。新たな記録が生まれるかどうかは、オメガがミュージアムコレクションとして再び購入に乗り出すか、あるいはそれ以上に重要な存在であるスペース・コレクターたちの動向にかかっている。彼らはアポロ11号に関係するごく小さな遺品でさえ驚くような額で購入する実績を持つからだ。未解決の裁判がミュージアムやヘリテージ部門に動揺を与えたとはいえ、ニール・アームストロングが所有していた時計がブランドにとって大きな魅力を持つことは間違いない。なにせ、オメガはニクソンとアグニューに贈られた個体をすでに保有しているのだから。いずれにしても、時計と宇宙の両分野のコレクターたちによる熱い争奪戦が展開されることは間違いないだろう。